2019-11-20 第200回国会 衆議院 農林水産委員会 第8号
こういう中、例えばということでございますが、副産窒素肥料、それから副産燐酸肥料ということで、副産と名前がつくもので六つ肥料がございます。これらにつきましては、これを副産肥料という形に統合するというようなことを念頭に置いているところでございます。 いずれにいたしましても、種類やその特性を踏まえまして、丁寧に判断しながら、規格の統合を進めてまいりたいと考えております。
こういう中、例えばということでございますが、副産窒素肥料、それから副産燐酸肥料ということで、副産と名前がつくもので六つ肥料がございます。これらにつきましては、これを副産肥料という形に統合するというようなことを念頭に置いているところでございます。 いずれにいたしましても、種類やその特性を踏まえまして、丁寧に判断しながら、規格の統合を進めてまいりたいと考えております。
原因は、新日本窒素肥料が海に廃棄した廃液中のメチル水銀。魚介類で生体濃縮され、これを食べたことにより起こった。被害の拡大を防ぐ機会は何度もありました。 ざっくり振り返ります。一九五三年頃から猫が死に至る奇病が相次ぐようになった。三年後、五六年五月、原因不明の奇病が人間に対して多発しているという報告が病院から水俣の保健所に入った。これが水俣病の公式発見とも言われていますよね。
ただ、やっぱり環境問題の一つの教訓というのは、例えば水俣病なんかだって、これ、今ではもうチッソが、当時の名前でいう新日本窒素肥料という会社が出したまさにメチル水銀が原因で多くの人たちが被害を受けたということは明らかなわけですけれども、途中の中ではいろんな説があったわけですよね。それこそ風土病じゃないかとか、若しくは旧海軍が投棄した爆薬じゃないかとかいろんな説があったわけですけど。
当時、新日本窒素肥料の水俣工場からメチル水銀を含む工業排水が流されて、そのメチル水銀を蓄積した八代海の魚介類を摂取した沿岸部の住民が主に被害を受けました。聴力とか視覚障害、言語障害、手足の震え、しびれ、運動失調といった症状がありました。 これは、四〇年代の初めごろから発生してきたんですけれども、五六年に有機水銀中毒と公式認定されるまで、原因不明の奇病というふうに呼ばれていました。
重水製造工場は窒素肥料工場とリンクをしているというのが実態になっているということです。 そこで、資料の五の方の丸数字の7のところを見ていただくと、一番左の類別ナンバーACU42—0755A、上から七番目ですが、発送日が一九八五年の三月三十日、注文主名がガバメント・オブ・インディア、インド政府で、納入先名を見ると、ヘビーウオータープロジェクト(RCF)となっています。
例えば水俣病の例なんかを見ても、水俣病というのは早い段階からチッソ、当時の新日本窒素肥料ですよね、そこの排水に含まれる水銀が原因じゃないかという指摘は早くからあったんだけれども、一方で、同時に、例えば風土病じゃないかとか、若しくは旧海軍が投棄した爆薬が原因じゃないかとかいろんな説があって、結局国がチッソの排出が原因だというのを認めたのは、もう公式発見から、病気が公式に発見されてから十二年もたってからであって
○吉田忠智君 市販されている一般の肥料が年間約一千万トン、汚泥肥料は百三十九万トンと言われておりまして、約一四%、化学合成肥料、それから窒素肥料の次に多いということでございます。 あえて、危険、この放射性物質が含まれているものをなぜわざわざまかなければならないのか、その基本的なやっぱり質問に答えてないわけですよね。篠原副大臣、なぜまかなきゃいけないんですか。
○政府参考人(門松武君) 御指摘の水利権でございますが、大正六年に窒素肥料の製造のための発電ということで、日本窒素肥料株式会社が、鹿児島県知事、このころ川内川の管理者は鹿児島県知事でございましたので、その知事の方にそういう目的で申請し、許可が出たものでございます。その後、昭和四十二年の更新時に目的をただ単に水力発電ということに変えてございます。 以上でございます。
備蓄の目的は、播種、収穫と牛乳生産を保証することでありまして、このために、窒素肥料、農薬及びたんぱく質飼料を備蓄していました。食料の備蓄は、南からの物資に依存している北部地域で行われ、孤立に備えて、加工を要しない食料、具体的には豆類、米、植物性油脂、缶詰肉を一カ月分備蓄しておりました。
農業関係の窒素肥料の関係が特に犯人ではないかと。水に溶けて硝酸性窒素になる。しかし肥料は使わなきゃいけないというような状況の中で汚染の解明はどのようにやっていかれるのか、端的にお答え願いたいと思います。
○政府委員(野中和雄君) 硝酸性窒素による地下水汚染でございますけれども、ヨーロッパやアメリカの事例でございますが、例えばアメリカではコーンベルト地帯から東南部にかけましての多雨で窒素肥料の施肥量の多い地域、あるいはイギリスでございますと、中南部の雨が少なくて集約的な農業が行われている地域等におきまして高い濃度の汚染が見られるといったような報告もございます。
いわゆる窒素肥料。窒素、燐酸、カリ、いろいろありますけれども、吸収されるときは同じなんです。ただ、堆肥の場合は土が肥えていくんです。土がいい土になっていくということなんです。 ところが、一般の方の有機農業に対する理解ということを見ますと、どうもそこのところがごっちゃみたいなんです。
昭和三十四年十月に新日本窒素肥料株式会社から、水俣工場における塩化ビニール樹脂及びアセトアルデヒド製造用水銀使用量について報告があったものと承知をいたしております。
それで、その文書には、水俣病の「原因といわれている魚介類中の有毒物質を有機水銀化合物と考えるには、なお多くの疑点があり、従って、一概に水俣病の原因を新日本窒素肥料株式会社水俣工場の排水に帰せしめることはできない」と記載があると聞いているのですが、それは事実でしょうか。 〔鈴木(恒)委員長代理退席、細田委員長 代理着席〕
○織田説明員 その文書の内容は、申し上げますと、「当省としてはこ当省、通産省のことでございますが、「現在までのところその原因といわれている魚介類中の有毒物質を有機水銀化合物と考えるには、なお多くの疑点があり、従って、一概に水俣病の原因を新日本窒素肥料株式会社水俣工場の排水に帰せしめることはできないと考えているがことありまして、その後、「既に同工場に対し、口頭をもって、(イ)直接不知火海に放出していた
第二に、亜酸化窒素でございますが、この亜酸化窒素につきましては、排出の実態なり対策についての知見が乏しいわけでございまして、窒素肥料を施した土壌からの放出につきましては、実態の把握を進めながら、窒素肥料の利用管理技術などの対策について検討を進める。化石燃料の燃焼によります排出につきましても、排出抑制対策の導入を目指して調査研究、技術開発を進めていくということを考えているところでございます。
「新日本窒素肥料株式会社水俣工場排水調査」という題で実は復命書を出しておるわけでございます。そして、どう言っておるかというと、現在、漁業の被害と考えられるものは、この百間港に排水される汚水の影響と百間港にある従前から堆積したヘドロと考えられる、こういうことをもう昭和二十七年にはっきり指摘しておるわけでございます。
しかもこれには窒素肥料とかいろいろ要りますが、この肥料は日本からもまた持っていく。しかもこれを東南アジア諸国で開発しながら植林をしていただく、そして大きなパルプ源になるならば森林を伐採せずにこのようにして環境をよくしながら育っていくんじゃないかと、こんな思いをいたしております。
それは酸性雨の中に窒素分が入っていますもので、窒素肥料の役目をしていたわけで、それが何年か続いた後、今度は突然に、湖から魚が消える、木が枯れ始める、あるいは農作物が枯れていくというような被害が出始めたわけでございますので、もちろんそれは農業に対しても酸性雨は極めて大きな被害がございます。
また、他方ではソ連、東欧、中東産油国、こういったところが安い天然ガスを使った窒素肥料の生産をふやすという傾向が見られておりますし、また、燐酸肥料につきましてもソ連や北アフリカでの生産の増加というようなことがございまして、全体として増加傾向で推移をいたしております。